医者と仮面とお姫さま



※私のなけ無しの良心がR15を主張しています。ちらっと陵辱とか菊さんの精神状態の設定とか。OKな方だけどうぞ。12.8に誤字・誤称訂正。





今日も日差しが厳しい。

「るーとせんせい これもきるんですか?」
菊が首をかしげてこちらを伺い見る。
手にはアドナンから贈られたヴェールがある。

先日の外出時に男用の外套を被せていると、無粋だと怒られた。
肌を隠すのに一番適していると思ってフェリシアーノも含め3人揃いにしていたのだが、それも気に入らなかったのかもしれない。
菊の事に関しては本当に心の狭い男だ。

「ああ、日差しのきついところでは、家の中でもそれを被っておくんだぞ。」

「でも おめめがちかちかします 」

確かに、金の糸がふんだんに使われスパンコールや宝石のようなキラキラしい石が縫い付けられたそれは、ルートから見てもそうとう華美であった。
これで紫外線が防げるのかと聞けば、当然でぃ菊さんの玉の肌を守る特製よ!と自信満々に返された。
菊の為、という1点に関してはあの男は信用していい。

「菊がそれを着てくれたら嬉しいなとアドナンが言っていたぞ」

「さでぃくさんうれしいですか!じゃあきます!」

とても素早い。
菊の反応は、子供そのもので、単に昔の菊を思い出しただけでは対処に難しい事も多いが、ここ数ヶ月の主治医生活でひとつ学んだ事がある。


サディク・アドナンが喜ぶ
という言葉さえ出せば、菊はちょろい。
もちろん、それは医師としても友人としても非常に不本意な事象なのでなるべく多用しないようにはしているが、とてもよく効く。
少なからず不満ではあるが、菊が幸せそうなので良しとしておく。

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「なぁ菊。」

「なんですかさでぃくさん」

「俺ぁな、このにーちゃんにすごい悪い事をしちまったんだ。」

「わるいことしたんですか」

「ああ。」

「じゃあごめんなさいしないといけません」

「ああ、でもなぁ、それだけじゃ許しちゃもらえないくらい悪い事しちまったんだ。」

泣きそうな顔で笑って、サディクは菊の頬を撫でた。

「俺の首、このにーちゃんにやってもいいかい?」

「だめですよ さでぃくさんはきくのです」

「でもな、俺はそんくらい悪い事をしちまったんだよ。」

「だめです さでぃくさんはきくのです
 だから かってにあげちゃだめです
 やくそくしました さでぃくさんはきくのって
 やくそくをやぶるのはいけないことですよ」

ね?と首をかしげる菊にサディクは俯いた。
その項垂れた頭をいいこいいこと菊は撫でる。

「だいじょうぶですよ さでぃくさんはごめんなさいしたんでしょう?」

優しい言葉が、サディクの身に染みこむ、とても優しく染みこんでいく。

「すまねぇ、菊さん…。」

サディクは嗚咽が交じりそうになる声を堪えながら小さく呟いた。

「だいじょうぶですよ さでぃくさん
 ごめんなさいできた さでぃくさんはいいこです
 だからごめんなさいでたりないくらい
 さでぃくさんがわるいことしたなら きくをあげます」
菊は、ふいにルートヴィッヒを見あげた。
どこかうろんな目は、以前の菊のようで、だけど少し幼くて懐かしさや痛みや悲しみや恋しさがないまぜになり、ルートヴィッヒの顔は奥歯を噛み締める。

「さでぃくさんはきくのだから あげないです
 でもきくはさでぃくさんのだから きくのくびをあげます」

ね?と首をかしげて、嬉しそうに笑う菊をルートヴィッヒは堪らず抱きしめた。

菊は、変わった。
だけど何も変わっていないのだ、優しい菊。
生真面目なくせに無自覚に奔放で、だけど慈悲深い、優しい菊、誇れる友よ。
お前が奴を守るというなら、俺もそれに従おう。 お前が許すというのなら…。

「くるしい です」

うーと身をよじる菊に、ハッとして、ルートヴィッヒはその戒めを解いた。

「きくのくびで いいですか?」

「いや、もう充分だ。」

「でも さでぃくさんのくびはあげないですよ?」

「ああ、もうそれはいらないんだ。」

ルートヴィッヒが穏やかに笑って見つめるので菊はきょとんと首をかしげている。

5ヶ月振りに見るその仕草が、無性に懐かしくて涙が出そうだ。
幼い頃から変わらない菊の癖。
精神が崩壊しているのではなく子供帰りしているというのなら、回復も早いかもしれない。
少なくとも、菊は世界を放棄したわけではないのだ。
皮肉なことに、その原因を作った男、サディク・アドナンのおかげで。


「アドナン、お前の首は菊に預ける。その代わり…」


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アジアとヨーロッパの境の僻地でありながら、僻地故に麻薬と兵器の売買が盛んなこの街では当然の如く勢力争いがあり、アドナンは南の組織側で頭角を表しそれを取りまとめつつあった。
だが、南側を駆逐しようという北の側からすれば面白くない。 しかも極東の組織が、既存の勢力とは別にその街に手を広げ始めた時期でもあったという。

そんなとき、この街で子供達の為にと尽力していた菊はアドナンと出会い恋に落ちた。
どちらから惚れたのか、今となってはわからないがそれはとにかく、北側の組織の知るところとなった。
あとは物語でもお決まりの通り、菊は拉致監禁され、アドナンへの脅し目的での拷問と強姦の憂き目に合う。 血を流し苦痛に耐える菊の映像とお決まりの脅し文句を送り付けられたアドナンは怒り狂ったと聞く。
穏やかな国で育った心優しい無垢な菊、柔術の心得はあっても多勢に無勢であったろう。
怒り狂ったアドナンが目の前に辿り着いて尚、敵は菊を嬲りその様をアドナンに見せつけたという。 その部屋の外、サディクと3人の仲間によってビルの全てが部下の血で赤く染まっているとも知らずに。
それでも救い出したとき、目にうつる敵を殺し尽くし菊に手を伸ばしたとき、泣くことすら出来なくなっていた菊は血に染まった自分の腕の中でアドナンの名を呼んで微笑んだ。
菊はすぐに気を失ったから錯覚かもしれないがとアドナンは自嘲した。

「あん時、俺は救われた。」

救われたことを恥じ、恥じた事を悔やみ、子供のようになった菊にすがりつく日々。 怒りは全て外に、北の組織への打倒にむけられる。


そんな折に、ルートヴィッヒはこの街に来た、菊を探すために。
今は、菊の精神状態を実際年齢のそれに、喪失した記憶以前の状態に回復させるために、ルートヴィッヒはここにいる。
そう、アドナンに頼まれて薬の手配・調合をするのも死体解剖をするのも、ただ菊の為にマウスを用意させるため。


そして幼馴染で一応親友のフェリシアーノも事情を知るや、何もかも放り出してかけつけた。
「絵を描くのはどこでもできるもの!
俺も菊の側にいるよ!友達だもん!」
怖がりでよく泣き喧嘩はからっきしの癖に、あのアドナンに胸を張って宣言したフェリシアーノ。
フェリシアーノのそういう所が、俺も菊も大切で気に入っているんだ。
菊はすぐに懐いた、もちろん以前の事は覚えていないので初対面だが、まっすぐな好意は子供にはとても有効で俺よりもフェリシアーノの方にまず慣れてしまった程だ。

アドナンは俺達がここにいる為に最大限の配慮を敷くと共に、ルートヴィッヒの医者としての知識を最大限に利用するしたたかさを見せた。
ずっと目の前で項垂れられているよりは、その方が憎めて良い。
ルートヴィッヒの心は不思議に穏やかだった。
菊の首と同じ価値を持つ男、いつのまにかルートヴィッヒは忌むべき男をテリトリーの中に受け入れているのかもしれない。
それは恐らく、相手も同じだ。


一度、酒の席でアドナンがぽつりと漏らした事がある。

「菊さんが背を預けたってテメエになら、
俺の首をやっても構わなかったのになぁ。」

もちろんそれは、酒のうえの戯言だろうけれど。

「安心しろ、もし菊を泣かせたら殺してやる。」

ルートヴィッヒはにやりと笑って仕舞いにしてやった。