さらって逃げてつかまった


※土日希が高校生です。
※ヘラクレスがあて馬になってます。
※細かい学年設定などは考えてません、そこんとこはフォーリングでひとつ。

※上記、OKな方のみどうぞ。










靴を履き替え、靴箱の影から出入り口へ向かえば隣の通路から飛び出してきた奴とぶち当たった。
そいつは小さく、俺はびくともしなかったが、相手はバランスを崩して尻餅をついた。 女子かと思い慌てて悪い大丈夫かと手を伸ばせば、いいえこちらこそすみません、と慌てて顔を上げた。
ああ、こいつは知っている可愛い顔をしてるが男だ、馬鹿従兄弟のヘラクレスが執心の柔和な日本人。
図書委員で俺も何度か世話になってる。
確か名前は…

「キク!」

そう、ホンダキク。
遠くでヘラクレスの呼ぶ声がして、目の前の肩がビクリとやたら過剰に揺れ、靴箱の向こうに視線をやる。
なんだ?震えてやがる。

よく見ればシャツのボタンは留まっていない、中のランニングがズボンからはみ出して…普段のホンダらしからぬ姿に合点がいった。
何故友人であるヘラクレスの声に、いま怯えているのか。

眉を寄せ、思案したのだろう唇を噛み一瞬うつむくと、すみませんっと俺の手を振り払い出入り口の扉を開いて駆け出した。
俺は、ヘラクレスの声が近づくのを背にホンダを追いかけた。
手首をとっさにつかむと、目を開いてひどく驚いた顔をする。

「な、なにか。」
「逃げてぇんだろ、ついてきな。」
「え、あの。」
「あいつへの嫌がらせに、助けてやるよ。」
「あ、あいつって。」
「いーからとっとと来な。」

捕まるぜ、と半ば引きずるように手をひけばホンダは戸惑いながら、それでも俺に従った。
まあ体格差考えりゃ仕方がねえか。
駐輪場の手前で、手を離したがホンダは俺が戻るまでおとなしく待っていた。 柱の影で、ヘラクレスの姿が見えないか伺いながら。
「これ、被んな。」
駐輪場の柱に引っ掛けられてた誰のかわかんねえ白のメットを放り投げればおとなしく頭にかぶった。
うん?なんか行動が犬みたいで可愛いなこいつ。

俺は機嫌よくにんまりとして、バイクを広いとこにひっぱりだしてエンジンをかける。
乗りな、と声をかけようとして、ホンダの足じゃ俺の愛機はデカすぎるかと気づく。
ホンダは目を丸くして、うわあ…大きいと感心している。
まあ、他の連中は精々原チャ止まりだから珍しいんだろうがな。 つくづく可愛い反応してくれるぜ、天然なのかこいつ。

寄ってくるホンダの脇をつかむとひゃあと顔を赤らめ固まったが気にせずヒョイと後ろに乗せれば、照れながらありがとうございますとぼそぼそ言っている。
はは、やっぱ可愛いな。
卵の殻みてえなメットをポンポンと撫でると、ヘラクレスの声がする。 なんで校門じゃなくてこっちに来るかね、ホンダセンサーでも付いてんのか?
「つかまっとけよ?今の時間人少ねえからな、飛ばしてくぜー。」
背を向けメットを被れば腰におずおずと手を回された。
「んなんじゃ落ちるぞ!」
両手をひいて、ホンダの体を背中にひっ付け、腕は腰にぐるりと巻き付かせる。
振り落としちまったら意味ねえからな。

「行くぜ!」
「は、はいっ。」

ブァンと、音をたて校舎の脇を曲がると、絶対俺には見せない不安げな顔で、恐らくホンダの名を呼んでいるヘラクレスが見えた。
そのまま真っ直ぐ奴とすれ違わなければ校門には行けない。
正面から俺を認め睨みつけるアイツの顔が憎たらしく、わざとぎりぎりに脇をすり抜けてやった。
その顔が、ホンダの姿を認めたんだろう呆然とした表情に変わるのをミラーに認め、痛快だった。



それから、行く宛もないのでコンビニで茶を買って高台の公園に行った。
一応自己紹介をしあって、ちと冷めた茶を渡して頭を撫でてやればホンダは黒目がちなめからぼろぼろ涙をこぼした。
すみません、と謝りながら目をこすりしゃっくりあげるので、腕を掴んで抱きしめた。
「んなに擦ったら、目ぇ赤くなるぞ。」
嫌がるかと思ったら、俺の腕の中でおとなしく泣いている。
背をぽんぽんと叩いてやれば、うえー…と声を上げた。

やばい、超可愛いぞコイツ。
華奢だしさっき撫でた髪は冷たいけど柔らかくて、しかも素直で自分に頼りきっている。 男に胸を貸すなんざ、普通なら悪夢のはずなのに、生憎かなり気分が良い。

「よしよし、大丈夫だ大丈夫。もう怖くねーぞー、いいこだなー。」
なんて、普段の俺なら絶対言わないような猫撫で声で慰めて、何やってんだろな俺。

初めは生意気な従兄弟をからかうため。
途中からは可愛い反応をするホンダへの庇護欲。
それが坂道を転がり落ちるみてえに…なんてこった、本気になっちまった。
可哀想になホンダ、あんたどうも俺やアイツみてえな男にもてるらしいや。 まあ、俺はあいつと違って我慢も順序も知っているから安心しな。

ひとしきり泣いて落ち着いたのか、ホンダは俺の胸に手をついて身体を離した。
ぬくもりが名残惜しい。

「ん、もう平気かい?」
顔を覗きこんで、これでもかと優しく笑ってやれば健気な事にホンダも微笑んだ。
ああ、ちくしょう可愛いじゃねえか。
涙のあとも鼻水すすってんのも、ああ、こいつの顔も表情もかなりツボだぜ。

「あの、すみません、助けていただいてこんな、その。」
「気にすんなよ、アイツのせいだろ?」
「あ、あの、でも私もよくないんだと、思います。ヘラクレスさんの気持ち全然気付かなくて、たぶん傷つけてしまったんだと…だから怒ってあんな…。」
ぐす、とまた鼻をすすって口に手をあてるホンダに俺は正直呆れた。
「まったく、お前さんは人が良すぎるぜ。もっと怒ったり責めたりすりゃいいのによ。」
「す、すみません。でも、ヘラクレスさんはいいひとですし…。」
本気で自分が悪いと思いこんでいるらしく、またも謝ってしょんぼりと俯いてしまう。
いやだから、なんで襲われといて相手をいいひととか言えるんでぇ。
しょーがねえな、と頭をかいて、俺は提案した。

「俺が守ってやるよ。俺のもんって振り、してな。」

え、とホンダが顔を上げた。
俺が何を言ってるのか理解できねえんだろう、きょとんとしてやがる。

「あんたはンな事されても、アイツとお友達してえんだろ?
 だったら、俺と付き合ってるって事にしちまえばアイツも無理強いはしねえだろうさ。根は悪いやつじゃねえしなぁ。」

俺の下心には気付かず、ホンダは驚きつつも感動の面持ちで俺を見つめている。
食いつきてえな、と思いながらも俺は努めてにっこり笑い、頭を撫でた。

「ああヘラクレス以外にもなんかされたら俺に言え、遠慮なんかすんなよ?
 並みの奴にゃ負けねえし、俺はあんたを気に入ったんだ。
 俺はなんの接点もないから、あんたの側にいる理由が欲しいのさ。
 あんたは、俺が側にいちゃ嫌かい?」

ん?と顔を覗き込めば、あのとかそんなとあわあわしている。 うーん、おもちゃみてえだな。おもちゃにしちゃ顔が良すぎるが。

「ご迷惑ではないのでしょうか、その男同士ですし、あと彼女さんとかは」
「は、ンなもん気にする程俺は小さい男じゃねーぜ。生憎女もいねえしな。」
「え、そ、そうなんですか。い、いいんですか?」
「言っただろ、俺はあんたを気に入った。男女なんざどーでもいいし、オンナもいねー。」

どうする?と王手とばかりにニヤリと笑ってやれば可愛い黒い瞳がくるりと揺れた。 真っ赤な顔をして、ホンダは観念したらしい。
「お、お世話になり、ます。」


言いやがった、可哀想に。
はは、ほんとに人が良いなこいつは。
自分をかっさらった相手が狼だと知らずに免罪符渡しちまった。
まったく可愛い奴だぜ。

「あ、あのじゃぁ私の事は菊と、呼んでください。」
「俺の事ぁサディクでいいぜ。」
「は、はい、よろしくお願いします、サディクさん。」
「こっちこそよろしくな、恋人さん。」

悪戯心でウィンクしてやれば、ひゃああと奇声を上げて菊はしゃがみこんだ。

うーん、やっぱりこいつの反応は可愛いすぎるぜ。
さて、どうやってめろめろにしてやろうかね。

にんまり目を細めてサディクは笑う。
けれど彼は気付いていない、菊の恋心がとっくに白旗を上げている事に。


逃げていたのは菊、さらったのはサディク。
じゃぁつかまったのは、誰でしょう。