にどめふたりめはじめての

※サディにょ菊です。


※大正だか昭和初期だかの東の島国をイメージしたパラレルなのです。


※菊さんは子持ち未亡人で、坊やは北キプくん(名前はまだない)。



※はいはいおkおkっていう心の広いメレイムのみ、下へどうぞ。さあどうぞ。








山の化け物へ捧げる生贄に、生娘ではない菊が捧げられたのは幼い息子のため。 異人の夫を亡くし幾年も経たない菊に、生贄になれば息子は村長が引き取り育てると言う。
守られる保障はない、けれど村の衆に囲まれて母子共々生贄にされるよりはよいだろうと言われれば選択肢は無かった。

沢山の首にひとつの体、死臭を纏った獣ですらない化け物を前にして、やはりひとりで生贄になってよかったと安堵し、死を覚悟した。
けれど菊の肉に無数の牙が喰い込む刹那、白い面に赤い異国の服を着た白い牙に赤い大きな口の魔物が助けてくれた。
元々この社の主だというその魔物は、まるで人のような立ち居振る舞いで、菊には山の神としか思えなかった。

菊はひれ伏し自分を食らうよう頼んだ。
「人を食わねえとは言わねえがよ…ああこういうのは全くどうすりゃいいんだ?」
頭を掻く魔物を菊はお社さまと呼んだ。
他に何もお返し出来ぬと、あなた様に食ろうて頂けるなら有り難い、と涙ながらに訴える。

「あの子のためにもどうかお願い致します。私は村には戻れぬ身です、どうかどうかお社さまの贄としてくださいまし。」

「ああ、なんでえあんた子供がいんのか、どうりで色気のあるはずだ。なら尚更、あんたは守ってやらなきゃいけねえだろ。子供ってのは宝もんだ、どんな生きモンにとっても。」

魔物は菊の伏せた顔にふれ、にーっと笑う自分の眼前へと近づけた。
「お前さん、子供好きだろう?そんな顔してらあ。
ずーっとニコニコして働いて、ガキの為ならちっともくたびれねえって、そういう馬鹿みてえに甘い母親だ。
だからだな、チビっこいのが、石段登ってきてんのは。」

え…、と菊が振り返れば月明かりのなか、今まさに小さい影がひょこりと生えた。

「坊や?」
まさかという思いで呟いた。

「アンネ!」
魔物の発する金色の光を纏う菊の姿を見つけて、小さな影は手を伸ばし駆けてくる。

「坊や!」
今度こそ大きな声で呼ばれ、小さな子供はうわああんと泣きだし転んだ。
両手を地面につくことが出来ず顔を打ちつけても、泣きながら菊の方だけ見て立ち上がる。
「ああ、坊や。どうして来たのです!」
膝をつき抱きしめれば、子供は泥だらけで父の形見の帽子すら身につけていなかった。

「アンネだめ、アンネいないのだめ…ババもアンネもいないのだめ。」

ただ菊にしがみつき泣く子供に、菊も涙をこぼした。
「ごめんなさい、ごめんね。寂しかったんですね、ごめんなさい、ごめんね、ひとりにしてごめんなさい。」
そのままぎゅうと抱きしめ返し、小さな頭を鼓動の早い背中を撫でる。
ああ、あの人が帰らないと知ってどれだけ悲しかったか知ってるくせに、どうしてこの子ひとりで大丈夫だなんて思ったのだろう。
この子はまだこんなに小さいのに。
どうしようもない絶望となぜか安堵が菊の胸に広がった。

「おっかさん追いかけて1人で山に入るたあ、大したチビっこだな。」

魔物は、いつの間にかすぐ近くにしゃがみこんで、楽しげに2人を見ている。
「お社さま…。」
「お前さんの旦那はどうしてんだ?」
「夫は、海で嵐に…。」
「そうかい。」

人ってえのは命がひとつしかねえからなあ、と魔物はヒョイと子供を抱き上げた。

「あ、あの。」
「大冒険して疲れただろい、ねんねしな。もう母ちゃんはどこにも行かねえよ。」
魔物はほーれほれいいこだな〜と自分の腕を揺りかごのようにして子供を寝かしつけた。まだ歩き慣れたばかりなのに、小さい手足で山道を月明かりだけのなか歩いてきたのだ。疲労はいかばかりか目算もつかない。
すうすうと寝息を立てた子供を片腕で抱き、魔物は菊の肩を抱いた。
「お前さんも寝ちまいな、目が覚めたらふかふかの寝床で旨い飯をやる。たらふく食いな、痩せっぽちは好みじゃねえんだ。お前さん、今のままじゃ食いでがねえからな。」

目の前は赤い布に包まれて、菊も意識を失った。
魔物が崩れる華奢な体を抱き上げれば、かかる重みは子供とあんま変わらない気がした。このままでは、全く食いでどころか抱き甲斐も無い。この別嬪にそれを言えば怒るだろうか、いや真っ赤になって泣くかもしれない。なんにせよ、久方ぶりに良い時間潰しが出来そうだ。
人にしては長く生きてくれた伴侶を亡くして以来、子育ては何度かしたが嫁さんと一緒にというのは初めてだ。

これもあんたのお導きかい。それとも本当にあんたなのかい。
魔物は脳裏に浮かぶ菊によく似た…けれど真逆な気性の男に話しかける。
自分を忘れて同族の嫁を貰えと言われた、子育てしてみろと言われた。
「魔物が家庭を持っていけない決まりはないんですから、私の事なんか忘れて幸せになりなさいな。男同士は種族の違いより不毛なんですよ、生産性がないんですから。」

イヤだと言った絶対に忘れないと。

やれやれとため息をついて、最後にあの人は言った。
「ならば探してください、地の果てまで。また会えますよ、どうせ私は天国になんか行けませんから。」


ああそうだ、だから探しにきた。ずっとずっと昔、人にかしずかれていたこの国へ。
そして見つけた、不毛でなくなった彼を。
可愛いガキを連れて俺に食えと迫るなんざ、あのひとらしくて良いじゃねえか。あのひとはいつも俺を驚かせて困らせて笑ってた。
だからお前さんも、これからはずっと笑っててくれよ。死んだ男なんざ忘れさせてやる。俺がチビの親父でお前は母親、嗚呼なんて生産性のある素晴らしい関係だ。
幸せにしてやる。

幸せになりなチビと2人で、俺の為に。






10.02.11