決戦前夜の邂逅


※日さまが先天性にょたです。

※1万hit御礼の土にょ日のその後っぽい感じで別居中久しく会ってないご夫婦。

※あくまで「っぽい感じ」ですが。

※というわけでパラレル認定。







生憎と無粋な武器ばかりですが、
歩兵に1万、重機に5百、弾丸を各百、用意致しました。
お使いください。

暗い運河を背に静かなまなざし、黒い着物を纏いトルコにそう告げた妻は、まるで夜の化身のようだった。

「何故。」
「ただの、意趣返しです。あのひとの思い通りになり、目の前で自慢げに揶揄されるなど、業腹ですから。」

あのひと、とは北の大連邦だろう。皇帝を廃し共和への道を歩むトルコ、その父の意志に従い、北の融資を利用することにしたのだ。融資するにもされるにも相応の理由があるがそこはお互いに承知の上だ。

「不肖の妻のものなどご不満でしょうが、今は堪えてお使いください。お役にたちましょうから。」

目の前に立つ彼女に、トルコはまだ信じられぬ思いだった。
軋む体苛む痛み、熱に浮かされ消失の悪夢を宿した夜に、我が手を離れた妻を何度も望んだ。叶えられるものではなかった。奪われる前に世界に解き放った彼女を、凛々しい目をしてひとり立つと決めた彼女をこの手に抱くことは、白皙の国々に踏み込む理由を与える事になる。
守りきれもしないうえに、彼女を蹂躙される理由を自分が与えるなぞ、まっぴらだった。

「何故、来た。」

トルコはまた尋ねる。
ほんの数歩先に、いる彼女は首を傾げる。

「必要と、伺いましたが…ご迷惑でしたか。」

すみません。

俯いた彼女の頬で、切りそろえられた横髪が揺れる。
頬にかかる髪を、白い指の背がなでるように抑え耳に挟んで、顔を上げる。
穏やかな顔のまま眉尻を下げて、ほんの少し、笑う。

「…いや、違う、そうじゃねえ。」

迷惑なわけがない、いまこの連戦のさなかに軍備の援助、補給はまたとない幸運だ。
トルコの手足は先ほどよりも確かに力を増している。

一歩、二歩と歩みを進めるその足取りも、彼女が上陸する前より確かに地と繋がる実感がある。
手を伸ばせば届く距離に立ち、それでもトルコは彼女に触れる事は出来ない。
胸元で両手を祈るように重ね、自分を見上げる目は艶めいて星を背にしたトルコを写している。

顔の半分を覆う仮面は、正しく役割を果たしている。
トルコの顔は、少なくとも仮面は、笑っていた。

「なんで、来た。お前が来る事ぁねえだろ。」

囲っていた時も、決して戦に近寄らせなかった、自分以外の血の匂いですら触れさせたくなかった。そう、本当はトルコ自身の傷さえも見せたくは無かった。
ずっとずっと清いままで真綿にくるんで、甘やかして、守りたかった。甘い事だとわかっている、彼女は弱くない。事実、辛勝とはいえ、北の大国に勝利したのだ。
けれどそれでも、彼女が矢面に立っていたとは思えない。
こんな、血と鉄錆の匂いなんざ似合わねえ。

「理由なぞ、なんでも構いませんでした。貴方に会えるなら。」

細い手が、仮面に触れた。
露出した頬にふれた掌は、汗ばんでいてひやりとした。

「お会い、したかったのです。」

トルコは、何も言わなかった。
ただ彼女の顔を食い入るように見つめた。
一瞬、確かに絡み合った視線は、お互いの気持ちを引き寄せたが、
その引力は弾かれるように顔を背けた彼女によって霧散した。

「はしたない事を申しました、お許しください。」

自分から離れた掌を追いかけ、彼女の体ごとトルコは両腕で引き寄せた。
トルコは、小柄な彼女をぎゅうと抱きしめた。華奢な体は抱き潰してしまいそうで、こんなにも強く抱いたことはかつてなかった。

「ひとが堪えてんのに、まったくお前は…。」
「あなた…。」

「まだ、そう呼んでくれんのかい。」
冷えた彼女を温めるように頬を寄せた。
「ほかに、なんとお呼びしましょう。」
まるで自分に沈みこむように体を預ける彼女の声に、とうとうトルコの視界は滲むにおよんだ。
ぎゅうと目を閉じ涙を堪えても遅かった。
仮面から流れる雫に、彼女は頬を寄せ今度こそ花のように笑った。

「泣くのは、勝利の後になさいませ。」
仕方のないひと、そういってまるで姉のようにトルコの背に精一杯腕をのばし、抱きしめた。

寒空の下に乙女を晒すとは何事かと叱咤する父に急き立てられ、トルコは慌てて奥方を抱き上げ宿舎へと招き入れた。
久方の動かぬ寝台と何より伴侶の腕に、彼女は安らいだ仮眠を取り翌朝日の昇らぬうちに帰国した。
再び会うのは、勝利の後と約束を交わして。



09.11.15