血潮を浴びた魂よ
赤く染まった魂よ
立て進め切り裂け叩き割れ
全ての罪を背負え
全ての罪を血で贖え
耳の奥でうずまく声を幼い頃から知っていた、いや生まれるその前から。
それが今もアントーニョを後押しする。
血を流して血に染まり血の海に生きる一族
それが彼と彼らの役目だった
だが現代、彼の生業は眉をひそめられるものとなった。
それでも、守るために染まった赤い旗印を父母を一族を、アントーニョは誇りに思った。
組織は変わり一族が末席に追いやられても、アントーニョの父母とわずかになった彼の一族は組織を愛し祖国を愛した。
けれど、その愛は顧みられることはなかった。
父母という庇護者を失ったアントーニョを組織は更に追いたてた。
表の世界に居場所は無くなり名前すら奪われ役目が彼の名前になった。
それでもアントーニョは祖国への愛と誇りを持ち続けた。
そして、命を奪われかけ友すら組織の歯牙に晒されていると知りようやく、彼は組織を祖国を愛を捨てることにした。
けれど血の誇りだけは失くさなかった。
それは彼の支え、彼が胸を張って笑う理由は誇り高き両親から生まれたこと。
祝福されて生まれてきたこと。
血を流す事が苦になった事は一度も無かった、そういう一族だったから。
思い返せば殺人狂になってもおかしくない一族だったけれど、けれど、初めてひとりで役目を終えたとき、悲しく笑って抱きしめてくれた母の顔が彼を人でいさせてくれた。
母の気持ちが今はわかる。
どれだけ血に染まろうと罪を罰を背負おうと自分は構わないのだ、だけど愛しい相手が罪を罰を背負うのは悲しいことだ。
ロヴィーノが人も兎も鹿も同じだと強がったとき、アントーニョは母がしてくれたようにロヴィーノを抱きしめた。
うまく笑えていただろうか、笑えていなかったかもしれない、子供扱いするなと怒られてそれでもロヴィーノはされるがまま腕の中にいてくれた。
愛しいあの子、今もまだ撃ち抜く前に一瞬眉をしかめるのをきっとわかってはいないだろう。
だから、アントーニョは人を殺しても笑っていられる、人を殺すほどに胸がすき、安堵する。
自分が殺せば、愛しいひとが背負う罪がひとつ減るからだ。
友と可愛いあの子と愛しいあの子は、いつも幸せな方がいい、いつも笑ってる方がいい。
おまけに今は、共に血に染まる仲間がいる。
あの子のいない地獄なんか行きたくないけど、この面子での地獄行きなら楽しいかもとアントーニョは思う。
だから彼は今日も笑っている。
いまあの子と一緒にいられる人生がとてもとても幸せだから。
いつかくる別れの前に、たくさんあの子の側にいたいから。
「ロヴィーノ、おみやげやでー。」
「うるせぇ、昼寝の邪魔すんな。」
「プブレ新作の飴ちゃんやでー、アーンしてみー?」
はぁ、と溜息をつくとロヴィーノはア、と口を開いた。
舌先から甘さが広がるが、それは懐かしい味がした。
「な、美味いやろ?それな、トマト味やねんて!すごいやろ?でたとこやけどすんごい人気やねんて!」
嬉しそうに笑うアントーニョが、何を考えて買ってきたのかロヴィーノにはわかる気がした。
子供の頃、過ごした太陽の楽園みたいなあの場所
何も知らなかった自分
そんなものを取り戻したいと取り戻せないとわかっている筈なのに、取り戻したいと願うのだこの馬鹿男は。
あの頃とはまったく違う、血と鉄と海の匂いのするこの場所で。
「うるせぇ、とっとと仕事行け!」
「えーまだええやーん。」
「あーもー重てえよ!俺も仕事なんだよ!」
「えー…ええよ、ロヴィーノは。俺がロヴィーノの分やったるし。」
「はぁ?」
「な!ええやん!うん、それがええわ!ロヴィーノはここでお昼寝の続き!
な、お留守番しとって?」
んな事お前が決めていいのかよ、と思いつつもロヴィーノは仕方ねぇなとふんぞり返る。
「早く帰ってこねえと飯食っちまうからな。」
「うん、まかして!」
ほないってきます!
笑って手を振り、バカは行ってしまった。
ロヴィーノは、出番の無くなった愛銃を手に取り構え、スコープを外し、また構える。馴染んだ感触、重さ、それでも慣れはしない事をアントーニョには見抜かれている。
「…お前のトマトの方がうめぇっての。」
ばかやろー…と力無く呟いてロヴィーノは銃を下ろす。
きっとあいつはサディクに怒られているだろう、それでも落ち込まず気にもせず俺の分まで殺すんだろう。
あいつはいつも笑うのだ、俺が怯えないよう泣かないよう。
いや何も考えていないのかもしれない。
あいつは、あの頃と何も変わってなんかいないから。
だから俺は、いつもあいつの側にいる。
滲む涙を、いつものように乱暴に拭う。
血塗れのあいつをこの手で抱くより、今の方がずっといい。
何も変わってないんだから離れる理由なんてどこにもない。
離れたくない。
誰が離れてやるもんか。