東と西に別れた一族





※タイトル通り、ふたりは東と西の一族の当主様です

※サディクさんは昔から菊さんちによく来てはお世話してもらってます。

※サディクさんは相変わらずハークたんと火花を散らしていそうです。


※菊さんの性格がちょっと…深く考えると…陰湿かもです。


※どんな菊さんでもサディクさんの嫁!っていう寛容な土日スキーさんは下へどうぞ。

※むしろサディクさんが菊さんの嫁!って方は是非どうぞ。





「菊…」

「サディクさん、またお怪我を…」


サディクを気遣う童顔で華奢な青年、菊は何故か子供にまで敬語を使うのだが立派な大人で、それもサディクより年長者だ。
サディクが成人し西の本家を継ぐ前より、菊は東の本家の当主であった。

東と西がどちらも本家というのもおかしいが、かつて一族が東西に別れたあと、その真ん中にあるはずの本家という存在はなくなったので、一族の枝葉の者たちは自然とそう呼ぶようになった。
いつからか体格言葉宗教、人種すら違うもののようになった両家。だが、かつてひとつであったその証は確かに両家の旗印に残っている。
朝焼けの白い空に昇る赤き太陽
それは東の象徴で、サディクにとっての菊こそまさに光をもたらす太陽であった。
夕焼けの赤い空に白く輝く月と星
それは西の象徴で、菊にとってのサディクこそ夜の安らぎもたらす月であった。

西は夜を恐れる、闇こそ獣や盗賊そして悪霊が跋扈する時間だからだ。
だが東の彼らは不思議と夜を歓迎する節がある。
菊に何故だろうと呟けば、あなた方を思い出すからかもしれませんねと笑った。
俺たちが夜を嫌うのはあんたがいないからなのだとしたら、それは、なかなか悪くない理由だ。

「だけどなあ」

「はい?」

「そういう甘い言葉はもうちっと、感情こめて言ってくんない。」

きょと、と菊は首を傾げている。
「私、睦言を言ったつもりはないんですが?」

「なんでえ。夜毎、俺に会いたくて仕方ないって聞こえるぜ」
「まあ、サディクさんたら」
ふふふ、と笑って菊は口を袖で抑えた。

ガキ相手だって本気にしてねえのか、分かっててはぐらかしてんのか…。
後者なら悔しくも面白いが、前者なら少しメゲる。
昔から自分ばかりが、やられている…なので近頃の外での喧嘩は、半分その八つ当たりというかまあ発散の場にしてるのは否めない。

大した事はないというのに包帯を巻かれた。
「はい、次ぎはお顔ですよ」
「ああ別にいいっての」
「そうは参りません、一家の当主たるものがすり傷だらけだなんてみっともない。ほら少し口を開けて…はい、次ぎは目を閉じてくださいね、染みますよ。」

頬に冷たい液体が塗られ、目尻の辺りがむずむずする。
「はい、出来ました」
言われて目を開けた筈なのに視界は暗かった。
一瞬、何がと思ったが額に触れるぬくもりとちゅっという音を知覚して固まった。

「いいこで我慢できましたね」
俺の動揺も何処吹く風で、菊はにっこり笑ってとことこと薬箱を片付けにいった。

ああああああまったくよう!
俺は顔を押さえて、そのまま畳みにめり込めとばかりに頭を下げる。
あんたが好きだって昔から散々言わなかったか俺は!
ああもうなんでこんな、耳まで暑いってどこの初心なガキだよ!
成人するよりとっくに散々やる事やっちまってるってーのに、あああああもうなんで菊相手だとこうなんでぇ!

それでも絶対に強引にどうにかしようと考えられない辺りが、2人の力関係を物語っている。
惚れた弱みに年下故の引け目、おまけに菊はサディクに武道の指南をした恩師でもあるのだ。
いつまでたっても子供扱いされるのはともかく、
最近は西洋の友人たちの影響で菊が過剰なスキンシップを図りだし、サディクはとてもとても複雑な気持ちだった。

かといって、びしっとはっきり抱きたいとでも告白して、きっぱりフラレでもしたら…なんて展開は考えたくない。
菊のいない生活なんて考えられない、当主になってやっと菊の隣に立つ権利を得たというのに。
菊がサディクの好意をそういうアレだと自覚できていない件にはサディクにも責任の一端があるわけで、
それに気付き行動できるまで、この関係はまだまだ進展しないのだ。

だから、サディクはまだまだ気付かない。

愛しい菊が、光源氏よろしく自分の食べ頃を待っている事に。
目の前で散々焦らされ堪えて手に入れたものならば、不釣合いな自分の身体でもきっと骨まで貪りしゃぶってくれるだろうと。

ふふふ、と唇からこぼれる笑みはいつもより軽やかで。

「焦らして焦らして、これでもかと熟成させたサディクさんの恋心は、さぞや…美味しいんでしょうねぇ…」

うっとり囁き微笑むその顔は、穏やかで優しい女神のそれ。
唇からこぼれる言葉の数々とは全くかけ離れて、とても清く美しい。

永遠にひとつに戻れぬ、東と西。
それでも重なる一瞬があることを太陽は知っている。

月は太陽を追い続ける
太陽に愛されているからこそ自分が輝いているのだとは気付かずに。
太陽は月に追われ追いつかれ呑まれる日を待ちわびて、全ての光を注いでいる。

いつか重なるその日まで、いつか重なるその後も、太陽と月は求め続ける。
だから共に、永遠に、東と西に生き続ける。
ただ、重なりあう一瞬のために。

2009.01.05