囚われびと2-菊視点-

※というわけでドパラレルです

※西の将軍サディクさんと、東の皇帝の弟の菊さんで、過去に面識があります。
※菊さんは普段はひらひらした服を着てお城の中をふらふらしてます。
※そんな菊さんしかサディクさんは知りません。
※でも菊さんは気持ち悪いくらい強い剣士です。ただし公には知られてません。
※囚われびとの続きで、タイトル通り菊さん視点です。

※お互い片思いだと思ってます。



※そんな感じですが許せるぞっていう寛容な土日スキーさんは、是非どうぞ。



お前なんかにあの人を触らせてたまるかよ、なんて…

ああ、念のため刀を外してきて良かった。
嫉妬のあまり、貴方のその厚い胸板に横一線の切れ目を入れて傷口を舌で嬲ってさしあげたくなりました。
まだ兄上の許可を頂いていないのに、サディクさんを傷つける訳には参りません。

「そう我慢せずとも、名を言うくらい簡単でしょう。
その方が、相手の方も幸せだと思いますよ?
皇帝陛下の命令という大義名分のもとに貴方のような強い男の妻になれるのですから。
ああ、それとも貴方のお国の方なのですか?
それならば、まぁ…多少堪えて頂くことにはなりましょうねぇ。」


私がどれだけ言葉を紡いでも、それでもサディクさんは堪えるばかり。
ああ、貴方にこんなにも想われる相手が憎らしい。そう、とても憎らしい。
けれど、貴方が兄の軍門にくだるなら、私の手の内に飛び込んで下さるなら、にっこり笑って祝福して差し上げましょう。
ねえ、だから早く教えて下さい。


「貴方だって、生きてその方と添い遂げたいでしょう?
今意地を張って母国に忠義を尽くしたとて貴方の敗は首を晒すやいなや、お相手の方にも知れるのではないですか?
そうなればさぞ嘆かれることでしょうね」


そう言えば、サディクさんが苦しげな息のなか声を吐き出す。

「このくびで、あのひとの涙が、俺のもんになるなら、幸せ、だ」
ひりついて痛いでしょうに、はは、と笑う口元。

ああやはり、 この人が欲しい。
相手を想いながら、相手の心に傷を付けてもそれが自分だけのものになるのなら…
ああ私だって同じことをするでしょう。

現に、貴方を打ちつけたあの時も、痛みと優しい言葉で貴方を苛む今、私はとても幸福だから。
貴方はやはり私に近いひと、ならばきっと私に恋しい人の名を言うことは無いのでしょうね。
その手にあるならばまだしも、欲して病まぬ宝、誰かに奪われるくらいなら誰にも何も告げずにいるでしょう。
そしてもしも手に入れること叶わぬならば、自らの手で打ち砕くでしょう。
それはとても悲しいことだけれど。


「仕方が無いですね、もう少し時間をさしあげましょう」
貴方を苦しめない為に、刀を研ぐ時間も必要ですから。

「今一度、お考えくださいね。
その身を私に与え恋しい人をその手に抱くか、その首を私に与え恋しい人の涙を得るか。」
答えはきっと、変わらぬのでしょうけど。
貴方にそれほど強く想われる誰かが、とても羨ましい。
だけど、私はどちらでも良いのです。


「良い返事を期待しますよ、サディクさん」
仮面を外して精一杯優しく微笑みかければ、サディクさんは目を丸くして咳き込んでしまいました。
慣れない事をした自覚はありますが、そんなに驚かなくてもよいじゃありませんか、本当につれないひとですねぇ。
まぁ、どちらを選んでも貴方が手に入ることに、変わりはないのでいいですけどね。
この仮面だけで満足するほど、私は慎ましい男ではありませんから。

「き、くさん…」
咳き込みながら喋ろうとするサディクさんの首をにっこり笑ってつまんでしまえば、かくりと頭を垂れてしまいました。
太くたくましい日に焼けた首、血管まで太い気もしますけど、さすがに血管までは鍛えられませんものね。
ああ、ずっとこうして触れたかった。
連れて戻るときも、香くんまかせでしたしねぇ…。
うっとりとサディクさんの首から頬、瞼へと指を伸ばせば固まってしまった彼の血が指先にからみつく。

ああ、彼の血はなんて熱く甘いんでしょうね。


菊はペロリと指を舐め、サディクの囚われた牢を後にする。
サディクを相手に自分以外の見張りなど無意味だと思ったが、念のため末弟に見張りをまかせた。


「何かあったらしらせて下さいね、止めなくて構いませんから。」
「大兄がカムと。」
「カム?ああ、お呼びなのですね?」
こくりと頷く彼は、寡黙で菊が信頼できる数少ない人間だ。
西の島国言葉を使いたがるのが少し気にかかるが、本人は至極真面目なので菊は咎めない。
会話に時間がかかるのも普段喋らない弟の声が聞けるので悪くないアルと、兄である皇帝も認めるところなので臣下達もとがめだてしない。
身内に甘いのが兄の長所で短所だと菊は思っている。

「そう、ジェネラルアドナンと菊のワルツが見たいと言っていた。」
「はぁ?ワルツ?異国の踊りなぞ知りませんよ?」
「ソードを使ってこう…」
「香くん、それは剣の演武のことではありませんか?」
こくり、と頷く弟に菊はやれやれと苦笑した。

刀を受け取り兄のもとへと屋根を走る最中に、そういえばと思い出す。

サディクさんの本国辺りでしょうか、西の国のお話に、美しい舞と引き換えに愛しい男の首を手に入れた娘がいましたっけ。
ならば私は、美しくもないただの男である私は、何と引き換えに彼の首を手に入れるのでしょうね。
…まぁ、何と引き換えでも良いのです。
身も魂も血に染まりて久しい私が、彼を手に入れられるのだから。


せいぜい美しく、貴方の首をはねるとしましょう。

ねぇ、サディクさん。


2009.01.04