俺の胸で泣いて
※なんかWW2後っぽい感じですが
※悪者は作りたくないファン心。
※もちろん捏造というか、フィクションです
※パラレルのようなそうでもないような。
※細かい事は気にしない寛容さオカン並な心で、どうぞ。
「ねえ菊、それでいいかな?」
「ええ、アルフレッドさんにおまかせします。」
「うん、俺にまかせておけば絶対大丈夫なんだぞ!」
だって俺はヒーローだからね!と言えば菊は穏やかな笑顔のまま、はいと頷いてくれる。
以前と変わらない優しい笑顔、だけど菊が声をあげて笑うことはなかった。
ここに入院してから、菊の容態は落ち着いている。
自分を傷つけたアルフレッドにもアーサーにも兄にも従順だった。
アーサーの悪口を言うと少したしなめられる、だけどそれでも菊の穏やかな表情は崩れない。
それはとても良い事な筈なのに、アルフレッドは少し物足りない気がした。
だけど彼は深く悩んだりしない。
菊が笑っていて俺の言う事に頷いてくれてずっと側にいられて、それがとても嬉しかったから。
* * * * *
「じゃぁまたね、菊ちゃん。」
「君は来すぎだよ、フランシス。」
「いいじゃないの、俺だって心配なのよー」
ね?とフランシスが首をかしげれば、菊はありがとうございますと返す。
いつもの笑顔で。
「またあとでね、菊!」
「はい、いってらっしゃいませ。」
病室だというのに騒々しい2人が出ていくのを見送って、菊はほっと息を吐いた。
いいひとたちなのだ、彼らも。
従順でさえあれば、とても、優しい。
菊の双眸に一瞬揺らめいた影、瞳が一瞬震えるのを感じ、菊は瞼を閉じる。
まずは、回復すること、考えるのはそれからでもいい。
菊は寝台に横になり、瞼を閉じた。
そう、少しでも休んで回復することが今は最優先。
全ては彼らが整えてくれる、考えるのも動くのも求めるのも、全てはもっとずっとずっと先のこと。
そう言い聞かせて、夢の中でさえも諦めて
なのにどうして今、あのひとの声が聞こえるの
* * * * *
フランシスとアルフレッド、菊の病室から出た2人は廊下を静かに進んでくる人物を認め視線を交わす。
アルフレッドは、廊下のド真ん中で腕を組み、その人物、仮面を付けた男の進路を遮るように立つ。
フランシスは、陽気に男に声をかける。
「よう、アドナン。どうしたのスーツなんか着て、色っぽくておにーさんクラクラしちゃうよ。」
「てめえなんざ篭絡出来ても嬉しかねえよ。」
バサ、と何十本あるのか重たげなチューリップの花束を肩に乗せ、男は笑う。
獲物を前にした、ケダモノじみた笑みだった。
おにーさんにまでそんな顔向けないでほしいなぁ、まだ菊ちゃんの着物の裾にもふれてないってのに。
フランシスは内心いい気持ちではなかったが、
こんなところでアルフレッドとアドナンの喧嘩なぞ始めさせるわけにはいかなかったし
何より、菊に自分達側以外の人間が近づくのはあまり歓迎できない。
ましてや、この男なら尚更、だ。
アルフレッドもわかっている。
「菊は、まだ安静にしてなきゃいけないんだ。君とは会わせられないよ。」
「ていうか、小うるさい門番がいたはずだけど?」
「小うるさいのねぇ、いたはいたが止められなかったぜ。」
言いながら、アドナンの歩みは止まらない。
「邪魔だぜ、坊や。」
「ダメだ、君に菊と面会する権利はないよ。」
「恩人の見舞いだ、てめえらの許可なんざいらねえよ。」
アーサーが突破されちゃったなら、さてどうしようかなー…。
フランシスがまぁまぁと2人をなだめにかかったそのとき、ガシャンと音がして、3人は動きを止めた。
音は菊の病室からだ。
真っ先に動いたサディクは2人を押しのけ病室の扉を開けた。
そこにいたのは、薄水色の着物に痛々しい包帯姿の菊。
床に崩れ、松葉杖にすがりつく愛しいひと。
突然開いた扉に驚き見開かれた目はサディクを認め、震える唇で絞りだすように名を呼んだ。
「サディクさん…っ」
「菊さん!」
サディクは菊に呼ばれるやいなや、花束を投げ出した。
伸ばされた手をつかみ、痩せた指を手のひらで握りしめ菊を自分の腕の中にひきよせた。
菊の目から落ちる涙がサディクの胸を濡らした。
「サディクさん、サディクさん…」
菊は何度もサディクの名を呼んだ。
泣き声はあがらない、だが涙は止まらなかった。
自分を強く抱きしめるサディクの熱に、菊の涙は吸い寄せられるかのようだ。
求めてはいけない、自分は彼にとって災いになる。
だから求めてはいけなかったのに、彼は来てくれた。
何故きたのどうしてここにいるの、混乱して名を呼ぶだけの菊に彼は応えてくれた。
今ここにある温度、夢ですら諦めた温もりを与えてくれた愛しいひと。
何もいらない、この人との今以外。
身体も心もなにもかも溶けて、この人にたどりつけばいい。
この思いはどうか、貴方の元に。
「菊さん…」
「サディクさん、サディクさん…」
サディクは菊を強く抱きしめる、胸を濡らすぬくもりは愛しい人の思いのたけだ。
悔しかった、何も出来ない自分が何も求めないこの人が。
だけどもう、どうでもよくなった。
今この人が俺の腕で泣いている、それがどんな意味をもつのかも、どうでもよかった。
感極まったのか、ぎゅう、と喉を鳴らして声にならぬ声で泣く愛しいひと。
それでも自分の名を呼ぶ菊に、これ以上何を求めようか。
この涙より、思いより、他に何を求めようか。
思いはここに、届いたのだから。
泣きじゃくる菊に、それこそ自分が泣きだしそうな顔をして
アルフレッドはそっと病室の扉を閉めた。
「俺があの役をやるつもりだったのにな。」
ポツリと呟く姿は、子供が拗ねているようで可愛らしく、フランシスは目を細めた。
「おにーさんだって同じよ?結構イイ線いってたと思ったんだけどねえ。」
ポンポンとアルフレッドの背を叩き、まあ強いだけじゃ駄目って事、と笑った。
「優しいだけでも駄目なんだぞ。」
ジロリとアルフレッドが睨みつけるがフランシスは気にしない。
「なあに勝負はこれからさ。知ってる?あの2人あれで付き合ってないんだってさ。」
「え、そうなのかい?あれで?あの菊がすがりついて泣いてるのに?恋人じゃないのかい!?」
あんびりーばぶるだぞ。アルフレッドは肩をすくめた。
「そこまで紳士で奥手だとアドナンも可愛くみえちゃうよなあ。」
「いやそれは君だけだぞきっと。」
にやにや笑うフランシスに、でもやっぱり勝ち目は無いんじゃないかなあとアルフレッドは頭をかく。
だって菊とアドナンがまだ恋人同士でないのに驚くって言うのなら、
君とアーサーだって俺には同じことなんだよ、フランシス。
いい加減君たちも素直にならなきゃ、菊たちに先を越されちゃうぞ。
「…そういえば、アーサーどうしたんだろう?」
アルフレッドの呟きに、フランシスもはたと気付いた。
そうだ忘れていた。
あのアドナンを、アーサーが騒ぎもせず容易く通すはずはないと。
* * * * *
アルフレッドの保護者の代わりにそこにいたのは日に焼けた体躯の猫を抱いた青年だった
「ヘラクレス。」
「うん。」
「坊ちゃんはどうした?」
「アントーニョが、グプタを構ってるって教えたらとんでいった。」
「んでお前さんは代理か?」
「そう、頼まれた。」
「アドナンが通っただろ?何してたんだい?」
「アーサーは、菊に変なのが近づかないように見張れと言った。俺は従った、問題はない。」
「でもアドナンは通ったんだぞ。」
「あいつは嫌い…臭いし。けど、変な奴じゃないって、言ってた。」
「言ってた?坊ちゃんがか?」
まさかねぇ、と顎をかくフランシスにヘラクレスは、まっすぐに目を見て静かに言った。
「菊が。」
揺らがない目を正面から受け止めて、やれやれとフランシスは苦笑した。
この坊やも、菊の信者なのは知ってたがまさか宿敵とも言えるアドナンに道を譲らせる程とは思わなかった。
菊は魅力的だ。
だからこそか、支配することを愛されることを求めるものは多かった。
そんな中、アドナンも例外ではないはずだった。
だが、アドナンはどこか異質で、それ故に菊も惹かれたのだろうかと思う。
大切だから距離を置く、アルフレッドにはわからないだろう。
案外アーサーはわかっているのかもしれない。
そして、そんな2人を一番よくわかっているのは、もしかしたらヘラクレスではないだろうか。
アドナンに拾われ育てられ反抗し傷つけられ、菊に助けられた、そんな子だもん色々複雑だよねえ。
「んじゃ、もう俺達以外誰も通しちゃダメよ。」
「わかった。」
「あと病院に猫入れちゃ駄目なんじゃない?」
「菊、喜ぶから…。」
「君はなんでも菊なんだな。」
お前も大して変わらんよと思ったが、
焼き餅故のこととわかるのでフランシスはアルフレッドの背を叩いて促した。
「アーサー迎えにいってやんな。」
「うん、そうだな、ピシッと怒らないとだぞ!今日はアーサーが菊のガードなのに!」
意気揚々と歩いていくアルフレッドにため息をつく。
それを押しのけ毎日菊を構いにきているアルフレッドはなんなのか。
自分も人のことは言えないが。
「じゃあヘラクレス、もう少し宜しくね。」
「うん、まかせて。」
ニコと笑うヘラクレスは素直で可愛い。
菊が絡むととたんに子供のようで悪くないね、と考えるフランシスの守備範囲はアルフレッドさえ呆れるほどだった。