世界会議のその前に
ざわざわとした穏やかな喧騒の中、ギリシャは襟元をくつろげたスーツ姿でのんびりと現れた。
寝癖が気になるのか髪をちょいちょいとさわりながら、顔見知りの国々と挨拶を交わしながらも、ただひとりを探して歩みを止めない。
「おはよ、日本。」
「おはようございますギリシャさん…おやまぁ、ちゃんと着ないといけませんよ。」
駆け寄るギリシャに気付くと日本はすぐ微笑んでくれた。
嬉しいと思って見えない尻尾をふるギリシャに日本は挨拶と同時にコラ、と言いながら両手を腰にあててギリシャの前に立った。
抱きしめようと両手をひろげていたギリシャはシュンとして、広げていた襟元を押さえる。
「これ 苦手、苦しいし…フランスみたいに似合わないから。」
「そんなことおっしゃらずに、フランスさんは素敵ですけど、
ギリシャさんもとってもかっこいいんですからキチンとしないともったいないですよ?」
ね?と首をかしげる日本に、ついギリシャは固まってしまう。
「うん…きちんとする、でも。」
「はい?」
「ネクタイ 難しい。」
「じゃあ、お手伝いいたしますね。」
「うん。ありがと。」
「少し、屈んでいただけますか?」
「オネガイシマス。」
日本はふふと笑った。
ギリシャは時折日本語を使う。
それは彼が言葉で伝える好意よりもずっと暖かく心に届いて、くすぐったくも嬉しい。
同時に甘えられている感じもして、それは日本の保護欲を刺激する。
「かしこまりました。」
細い柔らかそうな指が襟を整え、邪魔でしかなかった布切れをシュルリと結んでゆく。
「はい、できました。」
「うん、かっこいい?」
「ええ、とっても。」
えへへ、と笑うギリシャのジャケットの前ボタンをとめながら、日本はまた言う。
ほら、これでもっとかっこいいです。
ポンポンと自分の背中を撫でて鏡のある方を視線で差す日本につられて、ギリシャもそちらを向く。
いつもと同じ、少し窮屈な黒のスーツだけれど、日本に結んでもらったネクタイはきらきらして見える。
いつもより、なんだかとても、似合っているかもしれないと、思う。
「イデア は偉大…アガペー…。」
思わず漏れた言葉に日本は首をかしげている。
「ありがと、日本。」
目をキラキラさせて自分を抱きしめるギリシャの背をぽんぽんと撫でながら、どういたしましてと笑って日本が言った。
「本当にギリシャさんはたくましくてスーツもよくお似合いで…羨ましいです、私もギリシャさんのようになりたいのですけど…。」
…それは…すごく、だめ。
ギリシャは日本の両手を自分のそれで包みこむように握り締めると
ふるふるふる、とそれはもう真摯な目をして首を横にふった。
「日本が俺みたいになったら、今みたいに抱きしめられなくなる…だめ。」
「え、えええと。」
目をきらきらさせての抗議の理由は可愛いような可愛くないような、日本は大いに困惑した。
Ririririri!と会議開始前のベルが鳴り響く。
「ああ、時間ですね。」
「ん、もうちょっと。」
ギリシャは甘えるように再び日本を抱きしめて、柔らかな髪に頬ずりした。
「おぃ、そんくれぇにしとけクソガキ。」
ギリシャの背に、低い声がぶつけられる。
とはいえ呆れが滲んだその声に騒ぎになることはなさそうだと日本はほっとする。
「うるさい、トルコ邪魔。」
剣呑ないつも通りの台詞ではあったが、ギリシャも素直に日本を抱きしめていた腕を緩める。
「トルコさん、おはようございます。」
ギリシャの影からその向こうを覗き込めば予想通りの白い仮面、トルコに日本は花もほころぶ笑顔を見せた。
日本の笑顔に、実はいつも目を細めずにいられないトルコだがそれを気取らせる程、幼くは無い。
「おはようごぜーやす日本さん。
キモノだけじゃなくスーツ姿も凛々しく可憐だなんてなぁ、罪なお人だ。
俺ぁ、そのままのあんたの方が好きですぜ。」
握手をかわすと、そのまま腰をかがめて日本の手の甲に口付ける。
「ガキと同意見なんざ片腹イテェが、大賛成でさぁ。」
ムッとするが反論はないらしいギリシャと
頬を染めて困ったように笑う日本に、
トルコはニヤリといつもの笑みを浮かべて、行きやしょうか、と促した。
さぁ 世界会議の お時間です。