※トルコさんとにほろいど菊さんのお話です。
※にほろいどは話せません。
※土→菊→ペルシアみたいな感じです。
※スクさんの歌う「千年の独奏歌」にカッとなって書きました☆実にすいません。
※気持ちは土日カテゴリなのですが
※これ土日か土日なのかというセルフツッコミが無くは無い。
※それでもとりあえず読んでみようじゃないかー、という優しい土日スキーさんは是非どうぞ。
風駆ける草原に、彼はひとり立って歌っている。
今は誰も知らぬペルシアの歌、どういう意味あいのものかはトルコも忘れた。
風と混じったその声は泣いているように聞こえた。
けれど彼は涙を持たぬ人形だ。
泣いているわけがない。
立って歩いて歌って、それだけで奇跡のような人形だけれど。
ずっと静かに微笑んでいる、優しいようで優しくもない冷たいようで冷たくもない、ただの人形だ。
彼が泣くとしたら、それこそ奇跡か世界が終わるときだ。
「菊。」と呼べば、薄い笑みを浮かべたいつもの顔で振り返る。
「日が陰っちまう、戻るぞ。」
返事もせず、頷きもせず、トルコの言葉に彼は従う。
ゆっくりと左右にゆれながらトルコへと歩を進めれば、カタカタと微かなカラクリの音がする。
側でキィと音を鳴らして自分を見上げるのを確かめて、トルコは菊を抱き上げる。
彼の歩に合わせていたのでは、うちに戻る前に日が暮れる。
日本も、あまり夜気に触れさすない方が良いと言っていた。
菊は男であるから、日差しの穏やかな太陽に当てるがいいと教えてくれた。
それから、トルコは時間を見つけては菊を外へ連れ出している。
もう長くないだろうと言われた。
湿気の多い菊の祖国と違う西アジアの気候で内部が腐食する杞憂も少なく今まで永らえたが、
壊れるとはいかずとも動くことが、何より存在の意義である歌を唄う事が叶わなくなると言われた。
なるべく休ませること、白檀香の匂いが切れれば菊は眠るように瞼を閉じて動かなくなる。
草原で香の匂いが飛んだのでトルコの腕に抱かれたまま、菊は人がするようにうつらうつらとしている。
トルコはいつも草原から帰ると、まるで人にするように菊を寝台へ入れる。
菊の胸元から白檀の香袋を抜き取り別室へ置く。
菊の寝室には薔薇の花を飾り、子守唄を口ずさみながらその髪を撫でる。
いい夢を見なと囁けば、菊は頷いて瞼と唇を完全に閉じる。
全く人間となんの違いがあるのかと共に長く在るトルコでさえ錯覚しそうになる。
戦乱を戦火を陰謀を策略を越えて、変わらず現存する菊をトルコは愛していた。
初めてペルシアに見せられた菊、まっすぐな黒い髪に虚ろで静かな優しい瞳、少し低い声はそれでも優しかった。
人形である彼は決してトルコを若造と嘲ることもなかった何を話しても静かに笑って聞いてくれた。
勿論人形だとはわかっていたが、それでも嬉しくて、こっそり忍んで何度も会いに行った。
菊のために白檀が焚きしめられた部屋で、所有者ではないトルコが彼を歌わせることは出来なかったけれど時折菊はペルシアの歌を聞かせてくれた。
その頃は菊を女だと思っていたから自分は姉に甘える子供のような気持ちだったに違いない、けれど、それこそ初恋であったと今は笑って話せる。
その後、菊の所有者は転々とした。
見失って愕然とした、けれど国でない存在は容易く消えるものだとトルコは学んだ。
そしてただ強くなった、ペルシアにもローマにも負けぬ程、強くなった。
もう何も失わないために、欲するものを掴めるように。
そして消えゆくビザンツの元でギリシャを抱いて子守唄を唄う菊を見つけた時、トルコは自分の歩んだ道の正しさを確信した。
ギリシャは母と菊をトルコに奪われた。
菊に生き写しの日本、いや菊こそ日本を模したものか、かの国に救われトルコは驚愕したがギリシャこそ縋りつく思いだったのだろう。
日本を挟めば途端に火花を走らせる。
そんな事をしても日本がギリシャのものなる筈がないのに、わかっているのに。
哀れな子供だ、もっとも原因はトルコにあるが、それでも勝者には与えられなければならない。
トルコを所有者とした菊はギリシャから引き離され、宮殿の奥の奥に隠され、トルコ以外はスルタンとハレムの一部の女たちだけが菊を愛でる事を許された。
女たちの人形遊びに、幼い王子を危険にさらさぬ遊び相手に、他意を持たぬスルタンの拠り所に。
トルコも彼らも、陰謀の疑いを持たずに済む唯一が、菊であった。
幾度の敗北も、屈辱も、それでも菊さえ失わなければ立っていられた。
近世、日本に菊が男だと教えられとても驚いた。
日本は笑いながら体の違いはありませんけどね、と笑った。
「名の脇に小さく日子とありましたから、男性として作られたようですよ。」
日本国内には菊のような人形は現存していないと聞き、返却を申し出たが断られ、正直ほっとした。
「この子は貴方といる方が、幸せでしょう。」
そして日本は、珍しくまっすぐにトルコの目を見て言った。
もう長くはないだろうと。
日本がくれた香袋のおかげで、トルコは菊に国内を見せる事が出来た。
砂嵐には苦慮したが、菊が気に入る場所をあの草原を見つけられた。
懐かしい場所に似ているのだろう、珍しい事に菊は自ら古い国の歌を唄う。
トルコも記憶の底の底にしかない、異国の歌を、懐かしい歌を。
トルコの歌も菊はいくつも知っている、トルコが望めばいくらでも唄う。
トルコが教えたのだ、トルコの楽に併せて菊は唄う。
けれど、なんでも良いといえば必ず菊はペルシアの歌を唄う。
初めての主は忘れがたいものかと問うても返事は勿論得られない。
ただ静かな笑みはまるで肯定のようで、胸が詰まった。
目覚めればまた菊は唄う、トルコの歌を。
望めば望むまま、トルコの言葉で愛の歌を。
そういう人形だから、望まれ唄うそのために作られたから。
それなのに、菊はひとりで唄うのだ。
草原の果て、空の彼方を見上げながら唄うのだ。
もはや誰も知らぬ、古い古いペルシアの歌を。
了