T様に捧ぐ『バブル土日』


「絵画を買いあさっていると聞いたよ。」
「ええ、お金ならありますから…それだけで事足りるなら楽なものです。」

ほう?とエジプトは目を細める。

「得難いものをそれだけで与えてくれるなら、喜んでです、欧米の方はわかりやすいです、とても。」
「必要に迫られて…かもしれないよ?」
「それでも…手放さない方は大勢おられます、あなたのように。」

おや、とエジプト今度はパチクリと目を開く。

「誉められたねぇ。」
「ふふ。」
「なら壷を売ってあげようか、サービスしよう。」
「まぁ、でしたら是非、赤い花に似合うのをひとつ。」

久しぶりに和やかな時間を過ごせたと、日本は人払いをしたテラスでくつろいだ。

夕焼けに染まるナイルの眺めは美しく、彼を思わせる赤に、値千金と満足する。

金満家になった自分は、誇り高い彼の目になんと写っているのか恐ろしく、以前より豊かになった国力で欧米に去勢は張れても、相変わらずの自信の無さだった。
傲慢な振る舞いをしたと思いながら戻れない駆け引き、財力で価値もわからず芸術品とひとくくりにまとめて良いもの悪いもの十把一絡げに買いあさった。
馬鹿だと思うが羨望と妬みの視線は、慣れない身にはむずがゆくも愉快で癖になった。

はあ、とため息をつく。

腕には今朝方彼がくれた目玉たちが八方睨みで守ってくれている。
手のひらにはヒビ割れたり欠けた目玉をそれでもなんとかつなぎ合わせたそれが。

戦火の中砕けても、すがりつくように胸に抱いていたそれ。

もしや彼は、気にかけてくれていたのだろうか。この腕に彼の守りが無いことに。
そうだとしたら、何故?
自分に都合の良い言葉ばかりが胸に浮かぶ、けれど、片っ端から打ち消した。
もはや敵を同じくしない彼には、自分にこれをくれる理由はないのだから。
今朝方、この国でならもしや会えるのではと思っていた彼の姿を見かけてつい引き寄せられた。
嬉しくてつい、何も考えていなかった。
彼も驚いたのではないだろうか、声をかけたはいいが会話の続かぬ私が哀れで、
気をひきたててくれようと偶々手持ちであったこれを差し出してくれた、そんなところだろう。
うん。
彼は面倒見が良いから、とても優しい、ひとだから。
きっと、そう。

手に触れた彼の指は温かかった。
熱の名残はとうに消えたが、それでも何かを求めるように日本は自分の掌をそっと頬にあてた。




おしまい。

09.05.06