誘われなければ特に行くつもりの無かった恋愛映画。
思ったよりも良かった、主人公がヒゲにワイルドな美青年でイメージが隣に座る彼に重なるから尚更かもしれない。
ほう、と息をついて横を見ればエンディングロールに照らされた彼は涙ぐんでいた。
というか滂沱の涙というべきか、まさに男泣きであった。
きゅん、と菊の胸は確かに音をたてた。
サディクさん、と小さく声をかければ、すまねぇと手で謝られた。
シアターに明かりが戻るのを待って菊が彼の涙を拭けば、
甘んじて受けながら涙を収めようと鼻をすする彼が可愛かった。
感激屋の彼だから、他のひとと映画を見ていても泣くのだろうか…。
それは嫌だなあ。
ふと湧いてでた感情は、チリと音をたてて菊の胸を小さく焼いた。
なるほどヤキモチとはよく言ったものだ。
次の公演時間のアナウンスに目元の赤い彼の手をとれば、軽く握り返された。
腕を両手で抱くようにひけば彼はそのおまま席を立ち、素直に菊について歩き出した。
外に出て振り返るまで2分もない、この時間が終わらなければいいと思った。
けれど終わってしまった。
顔を洗うという彼を待ちながら、まるでデートみたいだと涙がこぼれた。
* * * * *
まだつきあってないのです。
おつきあいできるなんて夢にも思わない菊さんなのです。
ヘラクレスの馬鹿と言い合って「やるか!」ってなった途端に小さく袖が引かれんだよ。
そしたら菊さんがな、不安げな顔でなんか言いたそうに小さく口開けて俺を見上げてんだよ。
もう可愛くてなぁ…
こっちゃ胸がキューンよ、キューン!
前から喧嘩はすんなって言われてたけどよー
ンな風に止められたことぁなかったんだよな。
だからまあ、止めとくかって言ったら、ぱあって嬉しそうな顔してくれてよぉ…。
(にへら)
その後、ヘラクレスにぶん殴られちまったけどな。
しかもあんにゃろ菊さんの手ぇ引いて行こうとしやがるから踏み潰してやったぜい!
ガキが菊さん掻っ攫おうなんザ1万年早えってんだ!
「風邪…うつらないでくださいよ。」
無茶を言いつつ許してくれた恋人に満足し、トルコはほくほくと日本を背中から抱きしめ自分の膝の上に乗せた。
のぼせている風なのに妙に寒くてぞわぞわしていた日本は
背に当たるトルコの体温に安堵した。
彼の温度がしみこむような、
自分の熱が溶け出すような、
四肢が解放される安堵感があった。
とても心地よい、けれど。
「トルコさん。」
ねだるように振り返り、日本はおぼつかない手でトルコの袖をひく。
「こっちがいいです。」
億劫そうに体をひねり自分に胸からすりよる日本に
トルコはニンマリとして腰を抱いた。
「だから、駄目って言いませんでしたか私は。」
ウキウキと唇をよせれば珍しくぬくぬくと熱い恋人の手のひらにふさがれた。
剣を構えたり真剣な顔は凄みがありそりゃもうゾクゾクする美人なもんで、押さえつけ甲斐があるんだが…けれど、どうも本人を目の前にすると調子が狂う。
真面目な顔で書類を睨んでたかと思えば、
俺の視線に気づくとはにかんで頭を軽く下げる。
その後もそわそわとこちらを意識しているのか頼りなく恥じらいを帯びた表情しか見えない。
俺が挨拶に声をかければ花のような笑顔を返される。
これがまた可愛いんだ!
正直、これで惚れられてるって思わねえ方が男として変だろぃ。
だからなあ…まあ俺としちゃなんだかんだやりてえんだが
あんだけ可愛いうえに、その、なんだ
恩人である日本に無体なんぞできねえしよ。
まったく目の毒だよなあ、お前さんは…。
サディクさんはいいこですね
俺の頭を抱きながら、情事後の甘い時間にも関わらず菊はいつもと同じ台詞を囁く。
「あんたのその、俺をガキ扱いすんのはいつになったら終わるんでぇ。」
「あら、誉めたつもりなんですけど。」
ふふ、と笑みをこぼして首をかしげれば、黒い絹糸がさらと揺れた。
「じゃあ、いいひとの方がいいですか?」
「いや…そりゃなんかちげーだろ?」
手を伸ばして絹糸のような髪先に触れれば
するりと指の間をほどけて逃げられた。
「サディクさんは、優しいですね。」
「…その辺で、許してやらあ。」
まあ、と一瞬目を大きくして、今度は子供のように菊は笑った。
多分、俺にしか見せない顔だと思ったら途端にいい気分になった。
きっと俺ぁ、こういうところがガキくせえんだろうなあ。